2016年10月19日水曜日

虚偽の日々と偽物の僕。




繁忙期がなんとなく終わり、

比較的ゆるやかな日々を送れている。


今日は「空を見た。」と思うゆとりがった。

「風が気持ちいいな。」と感じる余裕があった。


缶コーヒーを開け、

川辺に座って、

音楽を聴くことが出来た。


今年の夏は本当に大変だった。

心がおかしくなりそうだった。





「自分を貫く」という事は、単純な様で実は複雑だ。


「自分を貫く」は、

自らの簡単な意思決定のみで構成される思考に見えて

実はそうじゃなかったりする。



大人になれば、得るモノが増える。

逆に言えば、失ってはいけないモノも増える。

失うモノが極端に少なかった若い頃は

己の人生を「自分を貫く」という意思決定の元に進めてこれたはずなのに、

歳を重ねると「何をどうすれば、自分が得ているモノを失わずに立ち回れるか」

という物差しに変わってしまう。



そんなの嘘だと思ってた。

私だけはそんな事ないと思ってた。

大人になっても、

そこら辺の大人には染まらない、なんて思ってた。




更にタチが悪いのは、

その己の物差しの変化に、中々気づく事が出来ない。

長い年月をかけて、ゆっくりゆっくりと、

何も変わっていないかのように、浸食されてしまうのだ。


そうして人生の基準が、

「自分を貫く」から「総合的判断」に変わってきてしまう。


「貫く」なんてこと、簡単そうだったのに。







歳を取ると少しずつ分別が付いて予測が立つ。

自分を貫いてしまった事で、

避けれたはずの歪み、

起きなかったはずの心労。

どれだけ多くの負を生み出してしまうものか、

ある程度は予測出来てしまう。

予測して、

貫く事のしんどさに心が勝てず、埋もれてしまう。



はみ出そうとするときに、

何かをするときに、

誰かの顔が浮かぶ。


上司であったり、

友であったり。


こいつが嫌な顔をするから、

これはやめよう。

あの人がこういうの好きじゃないから、

ああするのはよしておこう。


もう誰の為の自分。





いつの間にか顔色ばかり伺う自分に

ハッとして、涙した自分。


いったい何年そうして生きてきてしまったのだろう。


何かよくわからない感情と一緒に、

目からこぼれ落ちていきました。



残ったのは、

貫いていると思っていただけの、

張りぼてだらけの薄っぺらい自分だった。

行き場の無い悔しさ。






突然自分が良く分からなくなった。

地に足付け歩んでいた日々が

急に崩れてふわふわと浮いてしまったようで、

君の立つ場所を目指して生きてきたはずが、

いつの間にか真逆な人生を歩んできたみたいで。



上にのぼる為に、僕は小さな嘘をついた。

好きでもないモノを、好きと答えた。

NOというべきモノを、YESと答えた。

真顔で笑えないモノに、偽物の笑みを浮かべた。



小さな嘘をつくたびに、心に小さな傷が入った。

最初はその傷が胸を苦しめてくれた。

本当にこれでよかったのかなと考えさせてくれた。



それがしばらく続けていると、

僕の心は慢性的になって、

小さな嘘をついて小さな傷を負っても、

何も感じなくなった。

そうした生き方に慣れ、当たり前となった。



いつの間にか作り上げられた偽物で張りぼての自分。

それと引き換えに、成功を得た。



周りがチヤホヤしてくれる自分は、

私自身が作り上げてしまった別の何かで、

名前と顔と性格が全く同じ別の何かで、

本当の私ではない。

本当の私はきっと

心の奥の奥に引きこもったままだ。

でもその私には、周りは既に興味ない。


それならもう私は誰

生きてるこの私は何


この感情は誰の

この喜びはどちらの


もう何も考えたくない

ただ仕事して果てて死ねばいい


もう誰かの操り人形でいい

事無き命で生涯を終えればいい




積みかねてきた心の負債が一気に降りかかり

色んな感情が渦巻いている日々だった。





休みを貰った。

1人になりたいと、

ぼーっとしてた。

あの頃を考えていた。


20代前半のあの頃、

僕は駆け出しの組織でギラギラさせていた。

事務所で寝泊まりは当たり前で、

風呂に3日4日入らないも当たり前。

皆がキラキラしている、とかじゃなく

頬こけてギラギラさせていた様な場所で命を削っていた。


ある時、

命運を懸けた一大イベントを決行しようと選んだ会場は

僕らの実績の無さに貸し出しを拒んだ。

「決まりですから」の一点張りだった。



若い組織にはよくある弊害だ。

きっと大組織ならつまづくはずのない場所で

僕らは毎日当たり前の様につまづいていた。



だから「NO」と言われて「はいそうですか」と理解するより、

「NO」と言われたモノを「YES」にする組織だった。

簡単に引き下がったら、何も出来ないままだった。

あっという間にまた命が短くなるだけだった。



だから色んな作戦を取った。

仲間と会場付近のゴミ拾いを

汗びっしょりかきながらやって

謎のアピールかましてみたり。


土下座しようとして迷惑ですと言われた事もあった。


でも僕らは諦めなかった。

どうしてもそこでやりたかった。



「いつか成功したらネタになるよね」とか

「こんなに壁ばっかりだったら本を出せるぜ俺ら」とか

どうしようもない事を言って笑いあった。



そして僕らは、

会場が確定してないのにそこでやるんだという決意のもと、

そこを会場にしてイベント内容を詰めて、

フライヤーを刷った。

今では考えられない暴挙だったと思う。


もう逃げられない状態に自分達を追い込んだ。

そして

「これで失敗して生涯ホームレスになっても、俺は後悔しない」

と仲間たちに伝えた。

仲間たちも

「失敗したら皆で田舎の安い土地で自給自足しましょう」と

一緒に心中してくれる覚悟だった。





それから何度も色んな作戦でアタックするも、

見事に砕かれてしまった。


そして僕が1か月ほど海外に行かなくてはならなくて、

その間何も動きが取れなくなった。


だから最悪別の会場の目星と期限だけつけて、

僕は海外に飛びだった。

それから2週間後くらい経っただろうか。




仲間から「会場抑えれました!」と連絡が来た。




信じられなかった。

話を聞くと、内気な事務係の子が取ったと聞いた。


ますますあり得ないと思った。

その子は事務系の能力は優秀だけど

ドが付くほど超絶人見知りで

まず営業系は無理だし目を見て喋る事も難しい子だった。


余りに信じられず話を聞いたら

「代表や皆が一生懸命頑張っている姿を見て、

私も何かやらなければと思い会場に勝手に入ってしまいました」

という。


そして、膝を震わせ、声も震わせ、

緊張で汗びっしょりかきながら

懸命に想いを伝えようとする姿に

遂に担当者も首を縦に振ってくれたという。


僕は涙が出た。

幸せ者だ。

素晴らしい仲間に巡り合えた。

こんなに苦手な事でも

自分で勝手に足を踏み出してくれる仲間がいて

僕は幸せ者だと思った。




そしてイベントは大成功した。

また涙が出た。

イベントが成功した安堵感で出た涙ではなかった。


イベントが終わって嬉しそうな仲間の顔とか

幸せそうな顔とか

抱き合ってる奴とか

笑いあってる奴とか

僕が何も指示出してないのに自主的に片付け始めてる奴とか

そういうの後ろから眺めてると

思わず頬が緩み涙が出た。


叶って分かったことだが、

夢が叶った事の喜びなんか、

仲間の笑顔に比べたらちっぽけなものだった。




生きててよかったと思った。

生まれてきてよかったと思った。


本当に本当に本当に本当に

世界も社会も無慈悲で無慈悲で

どうしようもない事ばかりだったけど、

クソみたいな世の中だけど

生まれてきてよかった。



元々期間限定だったあの組織は解散して、

今では別々のジャンルでそれぞれ頑張っている。


当時、ライバルだった別の組織の人が、

有名になってとある本を出版した。

その本に、当時の僕らの事も少し書いてあった。

「新鋭であったが物事に取り組む姿勢と情熱が別次元だった」








あの時の僕は今の僕に届いていますか。

過去の自分より今の自分が好きですか。

ちゃんと命削ってますか頑張っていますか。

今なら笑って死ねるという瞬間を生きてますか。

温かいモノを産み落としていますか。


経験も知恵も資金もある今の僕が

若さのみだったあの頃の僕に負けないでください





孤独だと思う事がある。

何で自分だけ、と嘆く事もある。

さっきまで笑えていたのに

突然どん底に落とされる事もある。


でも。

ただ本当に本当に本当に、

自分がひとりぼっちじゃないんだよという確信さえ持てれば、

底の底の死のわずか手前で

なんとか命を繋ぎ留めれる様な気がして、

なんとか人間続けられる気がして、

ひとりぼっちじゃない確信は、何よりの光だと思う。





吐き出すと薄っぺらくなってしまう様な重い想いを

胸にギュッとしまって二度とない明日を生きる


私が私を取り戻したあの美しい瞬間の様に

大切に優しく生きる


生きる


いい夕焼けだった