2019年1月6日日曜日

若い私とおじさんの私。




関東に引っ越して初めてブログを書く気がする。

あけましておめでとうございます

このブログはけっつん中級兵の「中の人」の、

ただの自己満足オナニーしこしこブログです

だらだら書きます




この前とんかつ屋に行った。

しばらくすると、

隣に幼稚園児くらいの小さな男の子と、父親の二人が座った。

私と席が隣だったので、会話が聞こえてしまっていた。

どうやら、何らかの事情で母親がいないらしく、

父子家庭だった。

今日あった出来事を喜々と話しながら園児が豚カツを食べていた。

ほのぼのしてるなぁと思いながら私はビールを飲んでいたら、

園児がいきなり、

「とおちゃん、いつも一緒にご飯食べてくれてありがとう」と言った。

そんな不意打ちの温かいパンチを食らって、

私は隣で涙を滲ませてしまった。

そんなつもりで豚カツ食べに来た訳じゃないのに、

私の子でもないのに何故か仕事やる気マックスになって

店を飛び出した。

私の仕事が遠く回りに回ってそんな人達に触れ、

笑顔になれば悔いなく死ねるなぁと心から思った。


実は年末めっちゃ仕事を頑張れたのは、

この子のおかげなのだ。




私は元ホームレスだ。

もうずっと昔の話だけど、

大学生で小さな成功体験を詰んだ私は、

すっかり天狗になっていた。

「人を喜ばせたい楽しませたい」から、

高い車や高い服に走って女性漁りに一生懸命だった。

別にそれは悪い事じゃないけれど、

急にイキり始めた自分が何か気持ち悪く感じて、

ボコボコに叩き折ってやりたくて、

あと色々あって、

逃げ道なくす為に大阪から片道切符のお金だけ持って

東京にホームレスに出かけた。

スケッチブックに「あなたを元気付ける言葉を書きます」と書いて、

路上に座って生活費を稼ごうと思った。

でもいざ渋谷でホームレスをしようとした時、

正直とても緊張した。

緊張しすぎて1分くらいしか座れなかった。

だから1時間くらい、ずっとウロウロしてた。

ウロウロと歩いていると、1人の女の子が路上ライブをしていた。

どうやら現役の女子高生らしかった。

ライブをなんとなく聞いていると、歌い終わった後にこういった。

「私はプロを目指して頑張ります。

でもプロになれるか分かりません。

それでも、私は必ず必ず一生唄い続けます。

だから私を応援してください。」

熱い魂を燃やして、止まりもしない通行人に向かって叫んでいた。


私は感動していた。

私より年下の子がこんなに命燃やしているのに

俺はこんな事でウジウジしてなんだよと思った。



覚悟を決めて、スケッチブックを広げて座った。



しばらくすると1人、お客さんが来た。

「値段はいくら?」と聞かれたので、

「いくらでもいい」と言った。

お代は430円だった。

430円。


1食にも満たないわずかな値段を

私は涙を浮かべながら握りしめた。

バイトなら文句を言いそうなこの金額を、

私は冬の寒い東京の路上で、

まるで神様からの贈り物かの様に、

ぎゅっと握りしめ正座で頭をさげながら

「ありがとうありがとう」と小さく呟き続けていた。




それから色々とあった。

本当に色々あった。

何もないように故意に踏んでいく人がいた。

通りすがりに暴言を吐いていく人がいた。

酔った勢いでツバを吐きかける若者もいた。

本当に沢山いた。

苦しい99%で、温かい事1%くらいの割合だった。

それでも、

「面白いですね、私のイベントにでませんか」と

少しずつ呼ばれるようになり、

「この言葉いいですね、これでポストカード200枚作ってくれませんか」

と言われる様になり、

それの輪が広がって市役所からも仕事が来るようになり、

いつの間にか私はそれが仕事になり全国を飛び回っていた。

もはや大学生の方が副業になっていた。



先日、正月に帰省する時に渋谷に寄った。

あの時ホームレスをした最初の場所で、缶コーヒーを飲んだ。

あの頃の自分に比べたら、今の自分はどうだろうか。

全然まだまだだなぁと思う。


過去の頑張った自分に、

「頑張れよ」と再び背中を押して貰う今の自分だった。





同じく大学生の時に、

約500名の同世代の若者に向けてスピーチをした事がある。

今想うとイキりすぎて恥ずかしいのだが、

不景気ド真ん中の当時に

「あなたの夢はなんですか?」

「今なら笑って死ねるという瞬間はなんですか?」

と、青臭い当時の私が、青臭い同世代の若者にスピーチをした。


もちろん、「夢は諦めなければ必ず叶う」という訳ではない。

そんな甘いモノではない。

総理大臣になりたい人が二人いれば、片方は絶対叶わない。

ただ、それが夢を諦める理由にはならないというだけだ。


ただ最近はこう思う。

「夢」にしてしまうと、

達成するまでの道のりが険しく大変で、

相当の苦労と熱量が必要だという「先入観」や「幻想」にとらわれてしまう。

そうじゃなくて、ただ「お昼ご飯」を食べに行くような軽いノリで、

パパっと行動してパパっと叶えるモノだと思っている。

だから夢じゃなくて、ご飯食べる様に、

語る事もなく淡々とこなしていきたいと思っている。

それだからブログも頻度が減ったのだろうか。


青き頃のイキりスピーチを久しぶりにビデオで見て恥ずかしくなりながら、

でも少し涙目になってそんな事を想うおじさんの私だった。





環境のせいにしたり、コンディションのせいにしたり。

時代のせいにしたり年齢のせいにしたり。

何かのせいだと理由を付けて

「負けてもしょうがない」と諦めを付ける事くらいなら

誰でもできる。


そうじゃなくて、

それでもなお、

純度100%で心から「悔しい」と想う事が出来るなら

例え80歳のおじいさんでも、

例え小学生の子でも、

それはとても美しい事だと、

それはとても透明で尊いモノだと、

私はそう思う。




若い頃は、誰でも成長できる。

当たり前だ。何も持ってないからだ。

それに成長する為に勉強する相手や教えを請う相手は、

例外もなくほぼ全員年上だ。

遠慮もなくどんどん吸収できる。


「成長」がふるいにかけられるのは若さを失ってからだ。

自分より才能のある若者が大量に出てきて、

自分をあっという間に追い抜いていく。

進化だけだった若い頃と違って、

多少の維持と劣化を繰り返しながら新たな進化を見出す事になる。


その時、変なプライドを持たずに

自分より若い人や幼い子から真っさらな気持ちで

教えを請う事が出来るかどうか、

「この人から何か学ぼう」という気持ちになれるかどうか、

それがこれから先の人生を作っていくと思う。

大人になれば誰も注意してはくれない。

自分で気付き、自分で考えていくしかない。

若者をバカにするな、若者に学べ。

幼き者に学べ、平気で頭をさげろ。

そしてそんな姿勢を取る大人達を、鼻で笑うな。

そう自分に言い聞かせる。



去年は少し

綺麗なモノも見れば汚いモノも見すぎた様な気がする。

「大人の都合」という奴で、

飲み込まなきゃいけない事も沢山あった気がする

反対に、飲み込ませてしまった事もきっとある。

傷つけられた事も傷つけた事もきっとある。



今年はもっと、

世間的な充実とか要らないから

自分にとって純度の高い一年でありたい


あの時路上ライブした女子高生がいなければ

今の自分なんてきっとない。

あの時とんかつ屋で子どもが座ってなければ、

私は師走の怒涛の仕事量をこなせてない。


直接伝える事の出来ない行き場のない感謝が

今の私を育ててくれている気がする


明日からまた生きていこう

私は私に生まれて本当によかった


ちんこ